2005年10月26日水曜日

な / 谷川俊太郎



10月26日午後11時42分、私はなと書く。なの意味するところは、1.日本語のなというひらがな文字。2.なという音によって指示可能な事、及び物の幻影及びそこからの連想の一切。すなわちなはなに始まり全世界に至る可能性が含まれている。3.私がなと書いた行為の記録。4.及びそれらのすべてに共通して内在している無意味。


10月26日午後11時45分、私は書いたなを消しゴムで消す。なのあとの空白の意味するところは、前述の4項の否定、及びその否定の不可能なる事。即ちなを書いた事並びに消した事を記述しなければ、それらは他人にとって存在せず従ってその行為は失われる。が、もし記述すれば既に私はなを如何なる行為によっても否定し得ない。


なはかくして存在してしまった。10月26日午後11時47分、私は私の生存の形式を裏切る事ができない。言語を越える事ができない。ただ一個のなによってすら。





2005年10月23日日曜日

竹 / 萩原朔太郎



光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まっしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。