2007年4月11日水曜日

曇天 / 中原中也



 ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
 はたはた それは はためいて ゐたが、
音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、
綱も なければ それも 叶わず、
 旗は はたはた はためく ばかり、
空の 奧処に 舞ひ入る 如く。

 かゝる 朝を 少年の 日も、
屡々 見たりと 僕は 憶ふ。
 かの時は そを 野原の上に、
今はた 都会の 甍の上に。

 かの時 この時 時は 隔つれ、
此処と 彼処と 所は 異れ、
 はたはた はたはた み空に ひとり、
いまも 渝らぬ かの 黒旗よ。


2007年4月9日月曜日

傘 / 板尾創路



雨が降ると ゾンビは
赤い傘をさすだろう

雨が降ると 虚弱児童は
若い母親の迎えを待つだろう

雨が降ると 甲は乙に対して
乙が考えている以上のことをするだろう

雨が降ると バースデーケーキは
ローソクが一本多い方がいいだろう

雨が降ると 年上の女房は
ディズニーランドが空いていると言うだろう

雨が降ると 雨男は
その日は外食をする事が多いだろう

雨が降ると 男達は
ある女の事を思い出すだろう

雨が降ると 想い出は
心の中に根付くだろう

雨が降ると 傘をさすのが いいだろう