「1974年のこと。オンタリオ州キングストン」
煙草に火をつけるので、ぼくらが待っていると、
「父さんとぼくはガス・ステーションにいて、ぼくはガス・タンクを満タンにする仕事を与えられていたーーギャラクシイ500っていう洒落た車だ。だから、満タンにすることは、ぼくにとって大きな責任だった。
ぼくは、良くありがちなヘマな子で、しょっちゅう風邪をひいてばかりいて、ガス・タンクを満タンにするとか、もつれた釣り糸をほどくとかのコツが呑みこめなかった。
必ずどこかでドジを踏んでしまうか、物を壊してしまうか、死なせてしまうか。
ともあれ、父さんはステーションに店にはいって地図を買っていて、ぼくは外にいて、とっても男らしい気分で、まだ何もしくじっていないことがーーーガス・ステーションに火をつけてしまうとか、そういったことをしてないことがーーーとっても誇らしかったし、タンクがそろそろ一杯になりかけてた。
さて、父さんが出てきたとき、ちょうどタンクの口まで一杯になってたんだけど、そこまできて、ノズルが妙におかしくなった。
そこいらじゅうに、撒き散らしはじめたんだ。なぜかはわからないーーーただ、そうなってーーージーンズにも、ランニング・シューズにも、ナンバー・プレートにも、セメントにもかかってーーー紫色のアルコールみたいだった。
父さんが全部見ていたし、こいつは小言をくらうな、と思ったもんさ。とてもチビになった気分だった。
でも、父さんは小言の代わりにニッコリして、こう言った。
『なあ、お前。ガソリンの匂いって、いいだろう。眼を閉じて、吸い込んでみろ。とっても清潔だ。未来みたいな匂いがする』
だから、言われたとおりにしてみたーーー言われたように眼を閉じて、深々と息を吸った。
そしたら、その瞬間、瞼ごしに太陽の鮮やかなオレンジ色の光が見えて、ガソリンの匂いがして、膝がガクガクした。
でも、それがぼくの人生でいちばん完璧な瞬間だし、訊かれるなら(ここのところに、かなり期待をかけているんだけど)、天国というのは、あの何秒かとすごく似ているはずなんだ。それがぼくの地球の記憶だね」
「有鉛だった、無鉛だった……」とトビアスが訊く。
「有鉛」とダグが答える。
「完璧」