2007年4月11日水曜日

曇天 / 中原中也



 ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
 はたはた それは はためいて ゐたが、
音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、
綱も なければ それも 叶わず、
 旗は はたはた はためく ばかり、
空の 奧処に 舞ひ入る 如く。

 かゝる 朝を 少年の 日も、
屡々 見たりと 僕は 憶ふ。
 かの時は そを 野原の上に、
今はた 都会の 甍の上に。

 かの時 この時 時は 隔つれ、
此処と 彼処と 所は 異れ、
 はたはた はたはた み空に ひとり、
いまも 渝らぬ かの 黒旗よ。


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