2005年9月10日土曜日

通夜の客 / 高橋源一郎



ぼくは弟と交代で母の亡骸の横で仮眠をとることにした。うつらうつらしていると呼び鈴が鳴った。慌てて玄関に出ていくと喪服を着た紳士がふたりいてこの度はご愁傷さまでぜひお線香の一本もとおっしゃった。よく見るとビング・クロスビーと森進一だ。いくら母がファンで一晩中CDラジカセでふたりの曲ばかり流しているといってこんな夢を見るとは。そうは思ったがせっかく来ていただいたのに追い返すには忍びない。ありがとうございます母も喜びますとさっそく柩のおいてある部屋に案内した。ふたりは蓋をとって代わる代わる母の顔を眺めるとなまんだぶなまんだぶと手を合わせセツコさん(母の名)あんた早く逝きすぎたよといった。もしかしたらこのふたりのどちらかがぼくのほんとうの父親ではないのか。そう思うと胸の奥がざわめき目まいがした。また呼び鈴が鳴ったので玄関へ行くと目を泣きはらした森雅之(?)とシャルル・ボワイエとジャン・マレー(たぶん)が喪服を着て立っていた。なるほど若いころ母は美男の俳優が好きだったんだな。ご苦労さまですといったところで突然涙が出そうになった。夢の中でのことだけれど。





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