「君を怖がらせるつもりはない」と彼は言った。「でもね、私の目にはありありと見えるんだよ。君が無価値な大義のために、なんらかのかたちで高貴なる死を迎えようといているところがね」、彼はちょっとおかしな目で僕を見た。「もし私がここで君のためにちょっとした一文を書いたら、君はそれを注意深く読んでくれるだろうか? そして手許にとっておいてくれるかな?」
「はい。もちろん」と僕は言った。そして実際に言われたとおりにしたんだよ。先生がそのときにくれた書き付けは今でも持っている。
彼は部屋の向こう側にある机のところに行って、立ったまま紙に何かを書きつけた。それから紙を手に戻ってきて、腰を下ろした。「不思議と言うべきかどうか、これは本職の詩人の書いたものじゃない。ヴィルヘルム・シュテーケルという精神分析学者によって書かれた。彼はこう記してーーー聴いてるかい?」
「はい。聴いてます」
「彼はこう記している。『未成熟なもののしるしとは、大義のために高貴なる死を求めることだ。その一方で、成熟したもののしるしとは、大義のために卑しく生きることを求めることだ』」
先生は身を乗り出すようにして僕にそれを渡した。僕は渡された紙を一読し、お礼を言ってポケットにしまった。わざわざそんなことをしてくれるなんて、なんて親切なんだろうと思った。いや、本心そう思ったんだよ。ただ問題はさ、僕が意識をうまく集中できないってことだった。やれやれ、なんか急にどどっと疲れが出て来ちゃったみたいだった。
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