2009年4月26日日曜日

ランドマーク / 吉田修一



犬飼がふと思い出したのは、サハラ砂漠が広がるモータニアという国で、水汲み奴隷として働かされている若い男の言葉だった。本にはもちろんバンコクで強制売春をさせられている女の子たちの悲惨な生活も書かれていたのに、どうしてその地域の複合ビルの打ち合わせをしながら、アフリカのことを思い出したのかは分からない。
『ビラールと申します。』
その項には、そういうタイトルがつけられていた。奴隷にはたいてい、ひとつしか名前がないらしかった。そして、男の奴隷の名前はたいていビラールなのだという。
「ぼくがこの仕事をしているのは、お金のためじゃない、ご主人様のお役に立ちたいからなんだ」と彼は言う。

もちろんしゃべったことが、「主人」の耳に入るのを気遣っての言葉だ。ただ、このビラールは首都に来てから、いろいろと知恵もついていて、以前は想像もしなかった逃亡奴隷や、解放奴隷を支援する組織があることも、ぼんやりと見当がついている。
「ぼくがほんとうにほしいのは、給料さ。自分の仕事に見合った、決まった額のお金がほしいんだ」
世の中には給料をもらって働いている人がいることや、その人が夜は自宅に帰れることも、今ではぼんやりと知っている。

「だけど、給料をくださいってご主人様に頼んだら、ご主人様は、今のやり方がいいんだっておっしゃるんだ。ご主人様が食べ物をくださるんだし、ときにはお小遣いまでいただけるんだから、ぼくはご主人様の家にいるのが当然だってーーー。どうすればいいんだろう、ぼくは」

ーーーぼんやりと見当がついている。ーーー今ではぼんやりと知っている。

ふと自分の口が動いたような気がして、犬飼は我に返った。顔を上げると、さっきまでバンコクの地図を覗き込んでいたいくつもの顔が、まっすぐにこちらに向けられている。
「なんか言ったか?」と、首を傾げる部長に訊かれた。
「あ、いえ」と、犬飼は慌てて首をふる。




2009年4月8日水曜日

山の手マジックカーペットライド / G.RINA



コンクリート憂うエリート 君の云うこと ちっとも信じなくなったよ
一人相撲引退後の私と 五反田あたりで  再会するだろう
そんな訳でいつもめくらまし 無職のダーリンにあげる目覚まし
出勤前 あと一回関係したい なんぞその場しのぎの魂

マジックカーペッドライド 街をサーフィンしたい
マジックカーペッドライド 時代をサーフィンしたい
日々の選択で成り立つ人生 せめて着飾って君と会いたい

マジックカーペッドライド 街をサーフィンしたい
マジックカーペッドライド 時代をサーフィンしたい
日々の洗濯で濡れた憧れ  せめて鼻歌で乾かしてたい

袖ふれあうも絡みあえども 結局、幾許のいたわり
現世で結ばれ得ぬふたり メロドラマは百二夜目にお開き
歓楽街の電飾でめまいの新天地
ビンディした乙女に吸われて新境地
池袋経由聖地行き 君のように無関心になってみたい

「会いたい」さえ言えずに6丁目 今日から、夜に買われたエンジェル
札で胸元を撫でる あっちの朝をめざし飲み干すエーテル


マジックカーペッドライド 街をサーフィンしたい
マジックカーペッドライド 時代をサーフィンしたい
日々の選択で成り立つ人生 せめて着飾って君と会いたい

マジックカーペッドライド 街をサーフィンしたい
マジックカーペッドライド 時代をサーフィンしたい
日々の洗濯でもまれた憧れ いっそジャジーに乾かしなさい






2009年4月6日月曜日

Love Song / Supercar



「いつまでもそばにいてよ。もう僕を離さないで。もう君を泣かせたりしないよ。
意地悪で調子いいだけで、今日まで困らせたけど、もう僕に合わせなくていいよ。」

どうしても君に言い出せなかったって
言うまでもないよねって正直じゃないよねぇ?

「忙しいときも君に会いたくて仕方ないよ。そうでなきゃ甘えたりしないよ。
いつまでもそばにいてよ。もう僕も大人だから、ちょっとだけうそもついていいよ。」

どうしても君に言い出せなかったっけ
こうしてるうちに言い出せばいいのにねぇ?




2009年4月1日水曜日

All Imperfect Love Song / World’s End Girlfriend



窓を開けると そこは一面の銀世界
息が詰まる
銀と白と銀
銀を用いた何かで感心できるのは貨幣と皿だけ
それ以外はそこらじゅうに毒を廻らせる
毒が廻ると本当に悲しい
今にも泣き出しそうだよ 目も当てられない
お前はお前でなくなる
毒が廻って
お前はお前でなくなる
お気に入りの挨拶の合言葉も全部忘れてしまう
例えば朝食の時 妹がティンカーベルのまねをしたら
お前はピーターパンの真似で応えなければならないのだけど
気の毒にお前はお前でなくなっている
それはとても耳障りで妹は忽ちいなくなってしまって
朝食もストーブも掻き消えてしまって
何一つとしてそれまでどおりではいられない
お前はお前でなくなる
喜ぼうと喜ぶまいと一切関係無しに速やかに決定的にお前はお前でなくなる
そしてどんどん軽くなる
どんどんどんどん軽くなる

銀貨を口からねじ込んで
世界の終わりのガールフレンド
君はいない 君はいない 君はいない
今夜もまた 夢の中
お前は思い出のないような
あのような思い出もないような
誰も来ない 誰も来ない 誰も来ない 誰も来ない
たどり着けたら微笑んで
元の世界へ すぐに
たどり着けたら微笑んで
少し前のこと 全部忘れてしまってく
かけがえのないことも 掻き消えていくよ
だけどハニー これは出まかせなんて言わないで
少し落ち着いたならしゃがんでみて
詳細なことを想像してみれば
ここは何か確信に満ちた地平
大雪原
即興タイピングに失敗したら
息の根を止められるのは仕方がない
どのみち踊っていたいんだから

僕たちは踊り子
shall we dance tonight ?

静かな
おかしな音を歌っている

愛をあの子に
神をここまで
愛をあの子に